Art Spot Korin

京都祇園古門前にある小さなギャラリーです。展覧会のサポート、海外交流にも力を入れています。どうぞお気軽にお立寄りください。

【開催中】谷平 博 個展「心形(しんぎょう)の海と森」2021年4月6日(火)ー 4月18日(日)15:00-19:00 月曜休廊、最終日18:00まで

展覧会名:「心形(しんぎょう)の海と森」谷平 博 個展
作家名:谷平 博 / Tanihira Hiroshi

会期:2021年4月6日(火)ー 4月18日(日)
15:00-19:00 月曜休廊、最終日18:00まで


※COVID-19の状況により、予定を変更する場合がございます。
ご来場の際は、ギャラリーホームページをご確認の上、お越し下さい。

作品:

考えてもわからないことを理解したいと思うことは愚かなことだろうか。

遥か昔、今よりもっとわからないことが多かった時代、人に海や森はどのように写っていただろう。海の向こうにまた陸地があること、森の奥に澄んだ湖があることにいつから人は気づいたのだろう。

肉体の形は目に見えるが、心の形とはどんな形なのだろう。宇宙の果てがどうなっているか、その形がつかめないのと同じで、誰にもわからない、考えても考えてもわからない…。しかしわたしはそのわからないものを理解したい。

私はそんなわからないものに形を与えて作品をつくるということを続けてきた。

わからないものを考えるために、何か形を与えてやるということ、それが「ブッシュワッカー」で、「ブッシュワッカー」はいわば人の形をした疑問符であり、記号である。

ただ、今この瞬間、わからないことを、わかりたかったという思いだけが残ればいいと思うのだ。

これから先、わからないことがわかるようになったとき、自分の絵がどうなるかということにそれほど興味はない。

意味は失われるかもしれないが、そこに問いがあったという事実を残し続けてくれることを信じている。


素材:板、紙、鉛筆、グラファイト


「結像する心象」
松浦昇(東京芸術大学大学院非常勤講師)

富士登山での日の出は「ご来光」と呼ばれているが、古くからの富士信仰では「御来迎(ごらいごう)」であったという。
朝日を背にして火口を眺めると、光背を負った阿弥陀仏が現れるというものだ。これはブロッケン現象と考えられ、雲や霧に登山者の影が写り、周辺に虹色の輪ができる様子が、仏教の来迎と重ね合わされたのだろう。

富士山以外に月山などでも「来迎」と呼ばれ、高山での神秘的な体験が山岳信仰の死生観と結びついている。
かつての山岳修行者は霊山を他界と捉えており、山頂でのブロッケン現象に阿弥陀仏を見るというのも理解出来る。それはある種の心象的な投影ではあるが、正体不明のものが眼前に結像する驚きがそれを加速させているのだろう。

富士山の火口内部は大内院と呼ばれる聖域で禁足地になっている。そこに自然現象とはいえ像が結像するのであれば、必然的に阿弥陀仏ということになるのだろう。日本の自然信仰は様々な正体不明のものに、形を与えてきた。山峡の反響音を「山彦」や「木霊」と呼んでみたり、山中での切り傷は「鎌鼬(かまいたち)」のしわざになり、諏訪湖の結氷は「御神渡り」、という具合に、妖怪や神などの形をとって現れるようになる。説明不能の現象を前にして、何か超自然的な力が働いたと考え、それを引き起こしたキャラクターを描きたくなるのだろう。

昨今のコロナ禍でアマビエが話題になったのもその一つだ。行き場のない漠然とした不安を紛らわすように、歴史のある妖怪の登場が、おまじない程度であれ心の平穏に一役買った。

「アマビエ」の原型は「アマビコ」とされ、同様の古いものには肥前国の「神社姫」がある。いずれも流行病を予言し、自分の写し絵を広めるように主張する。厄除けの護符は広く浸透していたので、不安に付け込む商人の手口とも考えられるが、「アマビエ」と「アマビコ」は「描き写す」ことが指示に入っているのが興味深い。描き写して複製をするよう呼びかけているのである。当時の状況は資料が少なく想像するほかないが、流行病の備えとして「アマビエ」の絵を再生産し広めていくというのは、戦略として有効だったのだろう。

商品としての販売では入手も限定されるが、各自で描き写せば流行病に関する情報も同時に広がることになる。現代のコロナ禍以上に手がかりが少なく、対策も持てない中で、警戒情報だけは確実に広めようと考え出された方法だったのではないだろうか。何か見えないものを理解しようとする時に、アイコンや入口として絵などの芸術作品が使われる例とも言えるだろう。不安や恐怖からくるものもあれば、不思議な自然現象に神や仏の姿を見ることもある。現代においても「アマビエ」が再評価されるように、芸術作品によって正体不明のものを理解しようとする気持ちは普遍的な行為なのかもしれない。

谷平は、心形(しんぎょう)をテーマに「わからないもの」に形を与えようとしている。捉えられない心の有り様や、理解の及ばない現象について、一つの入口を提示しようとしている。
前段の山岳信仰の例になぞらえれば、芸術家は他界と現世を行き来する存在と見ることもできる。谷平の示す他界への入口とはいかなるものだろうか。心の形、世界の形いずれも曖昧でとらえどころのないものであり、科学的に説明可能な領域はごく一部でしかない。

修験者のような、富士講の先達のような谷平の案内で、霊山へと足を踏み入れてみたい。

作家略歴:

谷平 博 / Tanihira Hiroshi

1982年 島根県生まれ

2005年 成安造形大学 造形美術科 洋画クラス 卒業

2007年 東京芸術大学大学院 美術研究科 先端芸術表現専攻 修了

島根県在住

主な展覧会

2015年 「これ、すなわち生きものなり」 ボーダレスアートミュージアムNOMA/滋賀

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

情報

投稿日: 3月 28, 2021 投稿者: カテゴリー: アーティスト情報

ナビゲーション

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。